【人×地方創生】Local Business Project の豊島 穂波氏が語る想いを実現することに必要なものとは

By 坪内 陽太

2018.06.08  

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こんにちは!マジマガです!皆さんは地方創生について、興味はありますか?都会と地方の差が激しくなっていく一方で、「自分が地方に貢献する!」という方も多いと思います。今回は、人の力で地方創生を盛り上げている豊島 穂波氏にお話を伺いしました。

 

豊島 穂波(とよしま ほなみ)

元マジマガメンバー。現在は大学を休学し、Local Business Projectに参加し、47都道府県にコワーキングスペースを広めるために活動に取り組んでいる。
※コワーキングスペース:誰でも、いろんな目的で使える多目的室のようなもの)

地方で活躍できるリーダーを増やす


 

 

local business projectではどのような活動をされているのですか。

local business project(以下、LBP)では、地方で活躍できる人材を輩出するという理念の元、キーパーソンとなるような人たちの育成をしています。あくまで僕たちの目的は、キーパーソンを排出することで、自分たちがプレイヤーになるわけではありません。将来、地方で活躍するリーダーが育つ環境を提供しています。
今現在はビジョンを4つ掲げていて、1つ目は5年後に人材会社を立ち上げることです。2つ目は人材会社の箱となるようなコワーキングスペースを47都道府県すべてに広げること。3つ目、高校生の進路相談的なキャリア教育を継続する。4つ目、スタディツアーを全国に広げる。僕自身も、これらLBPのビジョンを実現するために今は大学を休学して、団体の運営をしています。

-魅力的なご活動ですね。4つ目、スタディツアーについてもう少し詳細を教えていただけませんか。

岐阜県に飛騨高山という場所がご存知でしょうか。今、僕たちはスタディツアー開催の先駆けとして、現地の地域活性会社さん、街づくりに関するNPOさん、そしてLPBの3社で業務提携をしています。学生に実際に地方に足を運んでもらい、各々興味を持っている分野を学ぶ機会を提供させて頂いています。全国にスタディツアーを広げるに当たって、今、千葉県の南房総の方面にも話を進めていて、今年の夏ぐらいには始めたいと思っています。他にも、金沢などからもお声をかけて頂いている状況です。どんどんスタディツアーを広げていきます。

 

 

結果=考え方×行動・継続力


 

-色々と活動されているようですが、このような活動を始めるには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

実はこの団体立ち上げたのは僕ではありません。Local Business Project代表の井出との出会いがきっかけです。彼と出会う前に僕はクラウドファンディングを用いて「地方と都会を繋ぐ」をコンセプトにした新聞を作ろうとしてたんですよね。だけど、その計画を実行する前に失敗してしまったんですよ。「自分の中では強い想いをもって活動したのにも関わらず失敗しました。」
すごい悔しかったですね。なんでこんなに強い想いを持っているのに変えられないんだろうと悩みました。そんな時に地域活性系のイベントを主催いていた井出君に出会ったんですよね。彼から「いい想いだけど、それって実現性あるの?」と指摘されて、ハッとしました。

世の中に地域活性をしたいとか、地方で何かをしたいとかそういう志を持っている学生多いです。しかし、実際に行動している人というのは、多分1割もいないんですよね。
僕は結果は考え方×行動・継続力によって生まれると考えています。みんな熱い想いだったり、考え方はとてもいいものを持っていると思います。しかし、行動とか、実現力とかが足りてないから実現できない人が多いと感じます。僕自身がこれに当てはまりましたね。当時は物凄いエネルギーを使っていたので、失敗して、すごいショックでした。「これはもうアカンな~」と思ったので次の世代とか後輩たちには繋げるために、自分も学ばなければならないと思い、井出君が立ち上げたLPBに参画しました。

 

人と人が出会う入り口のような役割を担いたい


 

 

-豊島さんはLPBの中でどのようなことを実現したいのですか。

僕自身47都道府県にコワーキングスペース(誰でも、いろんな目的で使える多目的室のようなもの)を作りたいと思っていて、そこに一番力を入れています。団体の理念とは別に自分のその軸みたいな、理念みたいなものを持っているんです。人生に化学変化を起こすようなエントランスであり続けるというものです。言い換えると「人と人とが出会うこと」=「化学変化」と考え、その人と人の出会いがエントランス、つまり入り口を提供したいなと思っています。その思いを体現するものがコワーキングスペースだと考えているので、僕はLBPという大きな箱の中で47都道府県にコワーキングスペースを作るというとこにコミットしています。

-何故そのような理念をお持ちになったのですか。

この理念の背景は3つフェーズがあります。

1つ目が幼少期から続けていた柔道です。小学生から高校生までの10年間柔道を続けて、秋田県で1位になったり、東北5位、国体の強化指定選手になっていたりと小中高では、学校を選ぶ基準が「柔道が強い学校」になっていました。そのため、小中高と全く違う環境に身を置いてきました。環境が変わり、友人関係とかが0スタートからのスタートです。人と話すことは嫌いじゃなかったですし、むしろ好きなほうだったので、すぐに友達も出来ました。友達を作る過程で、おのずと、人間関係能力とか、自己PR能力とか、コミュニケーション能力が磨かれてていきましたね。その中で、僕はあまり学校のクラスという組織の中では目立たない人達とも多くの関係を築いていきました。というのも、彼らにも確固たる個性があったからです。確かに、スポーツが出来る人とか、勉強が出来る人がすごいです。でも目立たない人たちにも勉強やスポーツではない部分で、何か特化したものが必ずあるんですよ。音楽がすごいとか、絵がすごい上手いとかです。僕は目立つ人たちとあまり目立たない人たちが、お互い変な壁が出来てあまり交流がないことに対して違和感を覚えました。そこで、文化祭とか、体育祭とかいう大きなイベントでその人たち同士をつなぐ役割をしていました。「お互いちょっと話してみたらどうかな?」っていう感じで。

そこからフェーズ2に移ります。高校でも、柔道続けていたのですが、高1の時からバンドをやり始めました。ボーカルをやっていたんですけど、僕はバンド活動にかなりハマってしまいました。というのも、個人戦がメインの柔道と違ってバンドはチーム戦だからです。だから、想像しないようなことが結構起きるんです。例えば一人20の力をもったメンバーがいて5人集まれば普通は100になりますよね。でも、バンドって不思議で5人集まると120にもなるし、瞬間的にいうと200にまでなります。その未知の力が僕は凄く、面白くて、全然柔道とは異なる魅力に惹かれました。リサイタルにきてくる人たちはみんな未知のパワーに惹かれてくるのかなという風に感じでいます。なんか集まってるファンをみて、また新しいファンが集まってくるみたいな。そういう人と人がつながる光景って、ある意味コミュニティーが変わるきっかけとなると感じました。それでコミュニティーが変わることは、世界を変える事なんだなというのを高校の時に感じていました。

次のフェーズ3では、高1の最後の後半に経験した東日本大震災です。秋田でしたので、そこまで被害はなかったんですが、ある出来事をきっかけに自分のためにエネルギーを使うより、相手のために使おうという考えになりました。その出来事とは、震災後に全国でも屈指の柔道の強豪校の仙台育英に遠征に行ったことです。震災前の仙台育英の生徒たちは戦う前から覇気がすごかったです。でも、震災後に尋ねたら多くの人が覇気を失っているように感じました。対戦相手の育英の人から「友達が流れちゃったんだよね」という話を聞いて、これほどまでに人は変わるのかとショックを受けたのを覚えています。当時、多くの人はボランティアに行ったり、義援金送ったりしていました。周囲の方々が他の人のために自分の力を使っている中で、自分は自分の勝ちのために動いている。そういうエゴに気が付き、柔道のやる気が無くなってしまいました。これは、本当に当時の仲間達や、支援していただいた方々には申し訳ないと思っていますし、自分勝手だなと思います。しかし、あの時の感覚がなければ、今のLBPで動いている僕はいなかったと思います。そこから暫く経ち、大学2年の時に被災地にボランティアで行きました。岩手の岩泉町というところです。台風の影響で川が氾濫し街が濁流で流されてしまっていました。その時に出会った現地の人の言葉が僕を変えてくれました。それは「来てくれて本当にありがたい。すごい嬉しいんだけど、忘れられちゃうんだよね」と「来てくれた皆さんのことを一生忘れません」という二つでした。この二つの言葉を耳にして、人って忘れられないためには何すればいいんだろうと考え始めました。「忘れることと、忘れないこと」ってなんだろうと、四六時中考えてました。そこで出した結論が、情報に身体性があれば人は忘れられないんじゃないかと考えました。この意味は、常に目に見える範囲にその情報があれば忘れないということです。
僕はそれを新聞からヒントを得ました。

-新聞ですか。

例えば、SNSとかの情報って、指でスクロールしたらすぐ消えちゃいますよね。でも、新聞みたいなのって手元に「ある」じゃないですか。この感覚が大事だと思いました。猫とか横に居たら見えなくても何となくわかる。あの感じです。情報自体に身体があれば、存在を感じられるんじゃないか、忘れられないんじゃないかって。
それから、「情報の身体性」をテーマにして人とが繋がれたら、忘れられない。そう考えるようになりました。

 

フェーズ1〜3を踏まえて、この出来事により僕の中で今の指針が形成されました。その指針とは、「コワーキングスペースに来てくれたいろんな人が情報共有できる場所を作りたい」というものです。全国にコワーキングスペースがあれば、全国に震災が起こってもすぐに情報を共有できるし、メディアとは違って、いつまでもその情報流し続けられますし、人と人とをつなぐことも出来るからです。

将来は何か不安や迷いが出来た人を救う場所を増やしていく


 

ありがとうございます。最後にlocal business projectの活動を踏まえて、将来やりたいと考えていることを教えてください。

先程も、少しお話しましたが地方でコワーキングスペースみたいなものを作って、迷ったときにみんなが来てくれる場所にしたいです。イメージでいうと、地方の大きな保険室です。僕は、一回すごい悩んで学校の保健室行ったんですよ。保健室って、学校でいう特別な場所でいろんなことを相談できる場所だと僕は思っています。僕の作るコワーキングスペースはそのようにフラットに立ち寄れて、「どうした?」みたいな感じでまずはしっかりと話を聞いてくれて、いろんな人と話をして、そこから人と人がつながっていければいいなと思っています。例えば、ある人と人が話して、「へ~そうなんだ」、「あなたの地元には同じような人はいないかもしれないけどさ、全国には山ほどいるぜ!」みたいな。そこから「俺だけじゃないんだ」と気づくことから、新しい出会いがあって、狭いコミュニティに縛られず、どんどん新しい世界を見つけて飛び立ってくれれば、僕は嬉しいですし、そのきっかけを創っていくことが僕の夢です。

 

編集後記


結果=考え方×行動力という言葉を取材している中でお聞きして、自分自身もハッとしました。もし結果が出ていないと悩んでいる方はこの考え方を一度取り入れてみてはいかがでしょうか?また、「自己実現の欲求」や「承認欲求」が強い今の若者は悩みごとも多いと思います。その悩みをすべて聞いてくれるコワーキングスペースを47都道府県すべてあったら、そのような悩みも解決するのではないのでしょうか?

僕は豊島さんなら、必ずその夢を実現すると信じています。

豊島さん。本日はありがとうございました!