本気で卓球していたら居場所づくりをしていた。賢者屋 古谷美桜氏の「夢」との出会い

By 安室 朝常

2017.12.21  

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皆さんは人生の分岐点となる大きな選択に迫られたことはありますか?
今回は、卓球の道での大成を目前にしながらも
ベンチャー企業へのジョインを選択した
賢者屋の古谷美桜さんに自身の選択について
お伺いさせていただきました。

古谷 美桜(ふるや みお)

株式会社賢者屋
2014年12月より正式ジョイン。
東日本エリアの統括を経験後。
関西店舗立ち上げ。
全体の人財採用・CAST育成に関わる。
2016年9月より人財開発部の立ち上げ、2017年には部長に就任。

出身校:日本体育女子大学
埼玉県出身、幼稚園で卓球に出会い、小学生から卓球にのめり込む。
高校はスポーツ強豪校である埼玉栄高校へ進学しインターハイベスト16を果たす。全国大会でのさらなる飛躍を目指し日本女子体育大学で、卓球漬けの日々。
そんな何気ない21歳の誕生日が運命を変える。飲食店開業の夢を見つけ、夢の実現に向けて株式会社賢者屋へジョインする。

当事者による当事者のための居場所作り


 

—賢者屋では、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

主に賢者屋の理念である「居場所づくり」に関する仕事をしています。私の最初の仕事はインタビューでした。夢を追う学生や就職活動に臨む学生、新卒生活を送る社会人や企業の取り組みなど様々なことを記事に取り上げていました。創立4年目を迎えるベンチャー企業の賢者屋では現在大きく4つの事業に取り組んでいます。フリースペース事業、イベント事業、プロモーション事業、人財事業があり、それぞれの事業要素が重なりあって、一つの商材として提供しています。それらの根底にあるのが「当事者による当事者のための居場所作り」という理念です。今は、学生向けの無料フリースペースという多くの人が集まる「賢者屋-kenjaya-」の利点を活かすことで成り立っています。特に人材ではなく、「人財」というにこだわりを持っていたりと、いつも目の前の人の幸福を追求できているかを考えて仕事をしています。その中で私は今、人財開発部という、いわゆる人事の仕事をしていて一緒に働く仲間探しをしています。

理想と現実のすり合わせをしようと賢者屋への挑戦を決意


 

—なぜ、賢者で働くことを決意されたのですか。

 

賢者屋と私の「想いの合致」ですね。背景からお話すると、幼稚園から大学まで卓球をやっていていました。全国大会にも出場もしていて。大学3年時まで社会人でも卓球を続けようと実業団を見ていました。だけどその年の誕生日に私の人生を決定づける出来事がありました。大学の友人にご飯に誘われて向かったのですが、そこに高校の頃の友人も来ていて、私の大切な人たちが自分を祝うためだけに集まってくれた。それがすごく嬉しくて、満たされて幸せで、自分の居場所だと思いました。それが「居場所」というフレーズに想いを抱いた原体験です。この日から私は、こんな満たされる空間が作り出せる飲食店を作ることが夢になります。

そこから卓球の道と居場所づくりへの道で悩みました。当時は、居場所づくりをするため飲食業界を中心に就活をちょこっと始めようかと思いました。けど人事の方の姿勢や就活そのモノに疑問を抱いていたこともあり、就活に対してあまり前向きなれませんでした。しかし、その最中に現代表の佐藤と出会い、賢者屋を知りました。最初に代表と出会った際に偶然食事に誘われました。「この人は何の目的で食事に誘っているのだろう」とか警戒していましたけど(笑)会ってみたら、ただただ楽しい時間でした。そんな些細な出会いから、いつの間にか毎日一緒にご飯を食べていて、これまでの人生のこと、今の葛藤。様々な想いと感情の共有をしました。そこから賢者屋のメンバーになるまでは、もう必然の流れのようにごく自然な形でした。

もちろん入社として会社をみたときは悩みました。

大学卒業の進路選択肢として①実業団に行く②飲食系会社に就職③今すぐお店を開業④よくわからないベンチャー企業賢者屋に就職の4つがありました。その時も今も私の中に根底にあるものは、一度作った居場所は絶対守る。だから、覚悟を持って飲食店を開業したいと思っていました。それは潰さないってこと。だから知識のない状態で、居場所づくりはできない。それで③が消えます。次に卓球を続けるか否か、本当に居場所づくりがしたいなら卓球じゃないことはわかっているけど、小学校からやってきたものを手放すことに戸惑いがありました。そんな中のAKB総選挙に感銘を受けて卓球の引退を決意。①の選択肢が消えます。残った②と④。結果的に④を選びました。理由は、大きく2つ。
・良い意味で感情的な人間らしい、強がりで寂しがり屋の社長がいたこと
・私の外側についている結果ではなくて、性格とか思考を評価してくれたこと

確かに今、飲食のサービスは無いのですが、賢者屋の理念「当事者による当事者のための居場所づくり」ここだったら私は、大事な居場所を守れる力が身につくと思いました。

そこで理想と現実のすり合わせをしようと、ビジネスの世界で賢者屋への挑戦を決めました。

 

—当時を振り返り、現在は自分の決断をどのようにお考えでしょうか。

もちろんベストな決断だったと思います。けど、自分の決断が合っていたかなんてわかりません!選んだ道を正解にできるかだと思います。
思い返すと、それまで私自身、学校が荒れていたり、大切な友人が亡くなったりして過度な人見知り人間でした。そんな自分のためにしか卓球ができない私を高校の親友が救ってくれて、大学では、安心できる信頼できる場所を友達が作ってくれました。いつも誰かが私に救いの手を差し伸べてくれました。そんな人生だからこそ次は私が、その居場所を待っている誰かに届けます。私には居場所づくりしかできません。

 

今思っていることを大事にする


—今後の夢について教えて下さい

 

まず、賢者屋をどういう場所にしたいか。賢者屋は現在、学生向けのフリースペースを展開していて、2店舗しかありませんが2020年には7地方に展開予定です。実現すれば、利用学生さんは25万人〜30万人になるので、10人に1人は賢者屋利用者になります。想像しただけで面白いことができそう笑。という既存サービスの話と、もう1つで言えばどんどん新規事業を増やしたい。今の賢者屋キャストがつくりたい居場所、様々人への居場所づくりをするためにですね。みんなの“やりたい”を叶えるのが賢者屋という職場ですから。

その一環として、LGBT事業をやりたいと考えています。大学時代に、T(心の性とからだの性が不一致)のセクシャリティーを持つ友人がいました。化粧の強要だったり、校外でのトイレだったり、スーツの着方だったりそんな私たちが気づかないところで苦しんでいることを知り、衝撃を受けました。最近はLGBTの方々を支援しているJob Rainbowさんとよくお話をしています。13人に1人と、左利きと同じ割合でいる当事者の方は、1日100人の学生が来る賢者屋にも一定数はいるはずです。賢者屋だからできる「居場所」の提供をLGBTの方々に向けても、実現したいです。

それと私自身の夢は、誰もが帰って来られるような居場所をつくることです。イメージとしては秘密基地で、具体的にいうと飲食店ができたら良いなと思っています。飲食店については、そろそろ練り始めようかと思っています。賢者屋も関連するかはまだ決めていないけど、その人の気分にあったお酒や料理を提供したいです。あと卓球台の設置も笑。居場所を提供するためのツールとしての飲食店です。居場所を提供するポリシーとしては、絶対に守り続けると決めていますので、そのための準備は入念にしています笑。

 

—最後に学生へのメッセージをお願いします。

 

今思っている感情を大事にして、忘れないでほしいです。部活動を頑張っている人もインターンシップを頑張っている人も、その他サークルやバイト、飲み会。色々な活動があると思いますが、「楽しかったな」とか「嫌だったな」とか、その感覚、感情って実はとても大事なものなんです。大人になるとそれらを忘れてしまう人はたくさんいます。

今の持っている感覚、感情を忘れないために、一言でも3日に1回でも日記などに書いてほしいです。その書き記した言葉があとで絶対役に立ちます。なぜなら、感覚、感情を言語化することで振り返ることができるからです。私自身、高校二年から日記をつけていました。ポジティブでもなくネガティブでもなくリアルに書く。その時に感じていた想いを振り返ることで他の誰にもない自分らしさを築き上げてください!

 

編集者後記

古谷さんのお話からは、現状に対する充実感がひしひしと伝わってきました。
今何をしていて。これからどんなことをしたいのか。
それらに想いの原点はどこにあるのか。
全てに一貫性があり、
「古谷美桜」さんという人物の「らしさ」が
表出しているに思います。

皆さんも、自分らしさを築き上げる。
そのために学生生活を活かしてみてはいかがでしょうか。