馬顔アップ

【 アクティブすぎる74歳】オリンピック馬術代表!法華津 寛氏に学ぶ、絶対に諦めない心の持ち方

By MAVERICK

2015.12.15  

0

本気は至るところに落ちている。マジマガです。

君は、1つのことを60年以上突き詰め続けられるだろうか?

1964年、東京オリンピックに馬術種目の日本代表として出場し、個人40位、団体12位という記録を出した選手がいる。法華津寛、当時23歳だ。

彼は今74歳だが、直近の2016年リオディジャネイロオリンピックに参加宣言をし、すでに2012年のロンドンオリンピック出場の時点で「出場期間最長ギネス記録」に認定されている。
長い競技生活で何が彼をここまで諦めずに突き動かしたのだろうか?

馬との出会いは12歳 学生時代から数々の大会に挑む日々

複数の馬

法華津選手が馬とであったのは12歳。サマーキャンプで乗る機会があったという。その経験が彼によほど刺激的だったのだろうか。彼はその後、学生ながら選手として馬術の大会に何度も参加するほどだった。

大学を卒業し会社員として働きながら、1964年には東京オリンピックに出場した。結果は個人40位、団体12位だった。

東京オリンピック後、彼は新卒で入った会社を退職し、海外の大学院へ留学。卒業後は外資系製薬会社3社を経ることとなる。彼の中では、東京オリンピックを最後に馬術から遠ざかることを決めていた。

ビジネスマンの彼はその能力をいかんなく発揮した。のちに彼は3社目の製薬会社にて社長の座にのぼりつめる。順風満帆な実業家だ。このまま仕事一筋に頑張るという選択肢もあっただろう…

企業人として仕事に注力 馬術トレーニングは早朝5時

オフィスビル

実業家の法華津選手であったが、仕事一筋という選択肢は選ばなかった。なんと仕事が始まる前、朝5時に起床し、馬の調教を行っていたのだ。これは社長になり、定年退職するまで行われた。

実は企業人として仕事をする傍ら、オリンピックを目標に日々準備を積み重ねていたのだ。もちろん、社長になるような人間が忙しくないわけがない。この状況を振り返って彼はこう言っている。


「経営トップをやりながら、朝5時起きで馬の調教をして大変でしたね」と言われますが、私にしてみれば楽しくて仕方がない。だから、続いたのでしょう。

定年退職後に再挑戦を決意 家族と離れドイツで武者修行

ドイツミュンヘン

法華津選手は会社員と馬術選手の二足のわらじを履き、ロサンゼルス五輪大会は出場できないまでも、アジア大会で2位を勝ち取った。しかし次のソウル五輪大会は愛馬がウイルス検査で陽性と判断され、出場を断念してしまった。

どうも自分の納得するような結果が出せない…

彼の中で、しっかりと馬術に打ち込む必要性がどんどん大きくなってきた。
そして彼はオリンピック出場に向けて本格的にチャレンジすることを決意した。2004年のアテネオリンピック出場を目指し、2003年に妻と娘を日本に残してドイツで武者修行を始めた。

その努力はすぐに結果に反映された…というわけではなかった。技術不足でアテネ大会の出場権を手に入れられなかったのだ。

04年のアテネ五輪を目指しての渡独だったので、技術が未熟で出場できなかった時点で、もうやめて帰ろうと思いました

名馬ウィスパーとの出会い!北京・ロンドン・そしてリオへ

白筋の入った馬

ついに頑張ってきた法華津選手もこれまでか…
そう思われたが、彼に転機が訪れる。

ただ、その後の試合で少しいい結果を残せたことがあって。もうちょっとやってみようかな、と思いながら続けていた’06年に、ウィスパーと巡り会えたんです。この出会いは、諦めずに続けていたからこその幸運でした。

先が見えなくなっても、「もう少しだけ」と折れずに馬術を続けた彼とウィスパーとの出会い。次の2008年北京五輪大会に照準を合わせて、調教などを積み重ねていった。

今度は努力が報われ、北京五輪大会に出場。大会に参加した選手の中で最年長だった。続いて2012年フランスの国際大会で1位に輝き、同年のロンドン大会出場権を手に入れた。この出場により、東京オリンピック〜ロンドンオリンピックまでオリンピック参加の期間最長記録がギネスにノミネート。

2015年現在、法華津選手は74歳。リオに向けて、彼は今なお常に努力を重ねている。

競技が好き・成長を感じる・これが努力の活力だ!

乗馬帽

彼には大きく2つの瀬戸際があった。1つは会社員と選手を兼任していた時。もう1つは武者修行をしたのに成果が出なかった時だ。

1つ目のターニングポイントで、彼は打ち込んでいる馬術が好きだという気持ちに助けられている。「朝5時に起きるのも苦ではない」ほどのめり込んでいたのである。

もう1つのターニングポイントでは、アテネ大会で結果が出ず、もうやめてドイツから日本に帰国しようとしていた法華津選手。しかし、その後の大会で少し良い結果が残せたことが、彼をリタイアから踏みとどまらせた。

彼の競技を続けるかどうかの基準に次のようなものがあるそうだ。

うまくなっていることが実感出来る間はやめない

本当に好きなことをしている時、成長が感じられる時、人はぶれない強い軸ができるのだ。