マジでやって未来開く!本気のゲーマー 梅原大吾氏に学ぶ、好きな事を仕事にする方法

By MAVERICK

2015.10.16  

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本気は至るところに落ちている。マジマガです。

「本気で好きなことをシゴトにしたい!」

誰もがこうした想いを、一度は持ったことがあるだろう。
そして周囲の人たちに「そんなことは理想だ!現実はそんなに甘くない。目を覚ませ!」と批判されたことがある方もいるかもしれない。

でも、批判する人は、そうした生き方に失敗したか、そもそも選んでみたことのない人たちであることの方が多い。

そう。自分の好きなことはなんでも仕事にできる可能性がある。しかし、現実が甘くないのは真実。必要なのは「本気」

今回はプロゲーマー梅原大吾氏の幼少期〜現在を追い、「好きなことを仕事にする」方法を学んでいきたいと思う。

梅原大吾(うめはらだいご)
1981年生まれ
数多くの2D対戦型格闘ゲームの大会を制覇。
日本ではウメハラ・ウメさんなど、アメリカではThe Beastのニックネームでも知られている。

2010年8月に「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」として、ギネス・ワールド・レコーズに認定され、ロンドンで表彰された。

下の動画が伝説となっている「背水の逆転劇」

後一発食らったら負け。という状況に加え多くのオーディエンスがいる中でこの芸当。ありえない集中力だ!

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5歳からファミコンゲームに熱中していた彼が、その後名前を知らしめるきっかけであるアーケード2D格闘ゲームに出会ったきっかけは姉。

姉は努力をそれほどしなくても何でもできるタイプの人で、努力を叫ぶ父親も、姉を見ては渋い顔をしていたという。逆に、なんでもできる姉の存在がウメハラ氏の中に「みんなが100時間かけてやることを200時間かけてでもやってやる」という感覚を生みだした。

そうした環境で、彼は年間363日(年末年始以外)はゲームセンターで格闘ゲームに向き合う日々を続けていた。しだいに友人にも「遊びに誘ってもどうせゲーセンにいくんだろ?」と思われ、遊びの誘いがなくなっていったそうだ。

しかし、彼は決してゲームセンターに通うのをやめなかった。

“成長を続け、勝ち続けている人は、少なくとも一時的には、必然的に孤独になる。”

“こうした場合、孤独に耐えられない人は、みんなが平均的に好きなことに、平均的に取り組むことになる。”

のちに彼は当時の孤独な状況をこう分析している。群れたい衝動を抑えて孤独を選ぶこと、これは成長・勝利にこだわるが故の苦しみなのだ。

【1998年 高校生】17歳の世界チャンピオンが抱えた苦悩とは

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勉強も部活もしていないウメハラ氏は、「自分にはゲームしかない!」という思いを抱く。その思いから世界大会に参加し、優勝を勝ち取る。若干17歳にして世界チャンピオンという地位を手に入れたのだ。

本来は喜ぶのが当たり前と思われる世界チャンピオンの座。しかし、ウメハラ氏は違った。

“こんなにストレートに勝てるってことは、みんな自分ほど真面目にゲームをしていないんだ…”

「真面目にゲーム」→やはりココが違う。

世界チャンピオンになれた嬉しさとは裏腹に、虚しさが彼に襲い掛かったという。

もちろん親にも「お前、将来はどうするんだ?」と心配されていたのは容易に想像つくだろう。彼の中には「自分にはゲームしかない。でも、ゲームだけではないはずだ!」というあまのじゃくな気持ちがあった。

そうした気持ちを引きずりながら、ゲーマーとしての活動は続けていくことになる。

【20代前半】同級生たちの大学卒業。人生の岐路に立たされたウメハラ氏は、意外にもいったんゲームと決別

同級生たちが大学を卒業するタイミングで、いよいよ将来のことを真剣に考えなければならなくなったウメハラ氏。この時点で一度ゲームから身を引く事を決意する。

彼が次に向かったのが、麻雀の世界。学力も資格もない、しかし格闘ゲームの世界チャンピオンという肩書きがあるので、得意なことがないわけではないとの判断で選択したのだ。

しかし彼は、この世界に魅力を感じていないことに気づき、別の道を探すこととなる。次に彼が選んだのは、介護の世界。両親が医療系だから喜んでくれそうだ、という単純な理由であった。

年齢も20代後半にさしかかり、介護のスキルは人並み以下。そんな苦しい状態の時に友人に新作ゲームをやらないかと誘われ、息抜きにゲームセンターへ足を運ぶ。

これまでの経験が生きたのか、おもしろいように勝利を重ねるウメハラ氏は、「自分はこんなに得意なことがあったんだ!」と改めて気づかされ、ゲーマー活動を再開。

“今成長を続けている人、これからしてみようと考えている人に僕が言えるのは、「厳しい期間は、思ったより長い」ということだ。”

“トンネルを抜ける瞬間が来るのは、本当に直前になるまでわからない。
 (中略)急にふわっと視界が開ける。”

こうした遠回りの期間、苦しい期間というのは予想を超えた長さであることが多いため、諦めずに苦しみを耐え抜く覚悟が必要になってくると、ウメハラ氏は語る。

【20代後半〜現在】ギネス登録・プロゲーマー契約と進化を続けるウメハラ氏のこれから

再びゲームの世界に足を踏み入れたウメハラ氏は、これまでの勝利にこだわる自分のフィロソフィーを大切にしながら、数々の大会記録を打ち出していく。

時代が変わり、プロゲーマーという仕事が市民権を認められてきたという背景もあり、2010年4月にアメリカのMadCatz社とプロ契約を結んだり、ゲームの広報をしたりと、以前のゲームだけではダメだという状態から一転して、ゲームで飯を食べられるようになった。2010年8月には「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスにも登録されている。

“自分に合ったやりがいのある仕事”が、どこかにあるのでは?-という勘違い

ただ、大半の人は、「ここまで苦しみにも孤独にも耐えながら極められるほど好きなことは、自分には無いかもしれない・・・。」そう思って諦めることが多いのではないか。

それはそれで、良いと思う。

ただ、そうであるにも関わらず就職活動や転職活動で「やりがいのある仕事」探しをする人は多い。

もうお分かりかと思うが、どこかにそんな仕事があるわけではない。ゲームだろうが何だろうが、行動や作業レベルまで落とせば、仕事とは皆似たようなものだ。ボタンを押すとか、キーボードを叩くとか、人と話すとか。その作業を、自分自身で「やりがいのある仕事」にできるかどうかなのだ。それには、どんな仕事だろうと大変なことを乗り越え、結果を出すことが必要不可欠。

そして、“少しでも変化を感じたら、見逃さずにその場ですべてメモに残すようにしている”というウメハラ氏。

1度きりのイベントではなくそれを継続するには、苦労し続け成長し続けることも必要だ。不思議なことに、どれほど苦労しようと、本当に仕事にやりがいを感じられるようになると全てに「あれがあったからこそ」と感謝できるようになるものだ。

もしあなたが今仕事のことで迷っているなら、まずは何でもいいから一度でも本気で取り組み、結果を残してみてはどうだろか。そこにやりがいを感じられたかどうか?そこから「好き」を「仕事」に、を考えても全然遅くないはずだ。もしかしたら、やってみないとわからなかったやりがいのほうが、たくさんあるかもしれない。